水沢の歴史

鎌ヶ岳、雲母(きらら)峰のふもと、内部川上流の扇状地に広がる水沢は、古来「杉沢の荘」「川上杉村」と呼ばれてきましたが、室町時代になると「水沢村」と呼ばれるようになりました。水沢は古くから「茶」の栽培が盛んで、その起こりは平安時代、地元の僧侶が唐伝来の茶の木を植えて栽培したのが始まりとされています。

1889年(明治22年)の市町村制で水沢村となり、1957年(昭和32年)に四日市と合併、同時に従来から深い関係にあった野田地区が鈴鹿郡三鈴村から分かれて水沢に編入し、現在に至っています。

時代 西暦 年号 事項
垂仁天皇 100
135
  杉澤の荘と称す川上杉村と称す
高見に兎角城を造る(現在の足見田神社)
奈良 770 宝亀1 薬王山性元寺を開基創建する(山の坊本郷)
平安 810~822
901~922
1073
弘仁1
延喜1
延久5
飯盛山浄林寺創建する
(西野)飯盛山浄林寺の僧玄庵、寺境内に茶の種子を播く
冠山茶の木原性元寺改め常願寺と号す
鎌倉 1300 正安2 坂田信濃守重次、山崎に城を造る(現在の東條城山)大福社(鏡谷社)を建立する(現在の谷町)
南北朝 1384 元中1 光明寺、山の坊本郷に建立する(現在の宮妻町)
室町 1501~1503 文亀1 水沢村と改める
安土桃山 1577 天正5 津田氏、東條に陣屋を置く(現在の小学校体育館)
江戸 1648
1720
1789
1809
慶安1
享保5
寛政1
文化6
辻久善 水論解決のため江戸に赴く
お諏訪踊りの始まり
浄林寺を現在の地に移し、飯盛山一乗寺と改める
第9代藩主 土方義苗侯 楓渓と命名する
明治 1875
1889
明治8
明治22
水沢小学校を常願寺の堂内にて開設する
水沢村役場を置く
昭和 1957 昭和32 四日市に合併

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