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郷土が誇る芸能大会


DSC_0808四日市市主催の郷土が誇る芸能大会。
水沢町からは、水沢野田町の「太鼓踊り」が出演しました。
水沢野田町にある愛宕神社での祭りなどは夜に奉納されるため、舞台も暗い中に満月が演出されており幻想的でした。
会場の歓声も大きく、「すごかった・・・よかった」などの感想を言ってる声が聞こえてきました。
25郷土芸能70水沢町にはいくつも「郷土が誇る芸能」があることが誇らしいです。

出演した団体には賞がもらえます。
水沢野田太鼓踊り保存会は「大地の恵み」賞をいただきました。

 

水沢野田町 愛宕神社でお祭

水沢野田町の愛宕神社で奉納される太鼓踊り。
10月13日に行われました。
足見田神社のお諏訪おどりとは少し違いますが、花笠をつけて太鼓をはげしく振ってこじるのはよく似ています。
足見田神社の神主さんがいらっしゃいました。
宿で踊り、御幣送りをするということは本格的だと言ってみえました。
たくさんの歌い手と一緒に子どもも参加し、伝統を受け継いでいく姿に感動しました。

今夜は役の方たちが一晩中こもって火の番をするそうです。

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道標、里程標を知ってますか?

水沢地区市民センターに、四日市市の郷土や歴史について調べてみえる方が、入ってみえました。
四日市市の道標、里程標などを探しているとのこと。
お話を伺っていると、通る道に何気なく見たことがあるものでした。
昔の道の分岐点にあり、石に地名等が刻ざんであるものです。
残念ながら、車か何かでぶつかったものが、そのままになって横になっているものも
あるそうです。
先人たちが、歩いた道。
畑道で舗装されていない分かれ道にひょこっとあり、気にしだすと面白いですよ。

大変な思いをされ、時には不審者???のようにも思われ、苦労されて調べられた
資料を、「出来上がったらぜひ紹介させてください!」と図々しくお願いしました。
また、改めてご紹介します。
写真は、地域マネージャー家の茶畑の横にあったものです。
今まで、何気に見ていました(^^ゞ

写真について
①所 在 地 : 水沢西町
②碑 刻 文 : 道路面  左 〇〇道 (西面)
右側面  右 菰野 服部泰次郎
③寸 法(cm): 高さ55×幅17×奥行15
※地区センターより北東へ500m程の、三方向
分岐点の手前の道路を、左へ入った茶畑の小屋の隅に立っている。西面の刻文読みとりにくい。

 

水沢の歴史

鎌ヶ岳、雲母(きらら)峰のふもと、内部川上流の扇状地に広がる水沢は、古来「杉沢の荘」「川上杉村」と呼ばれてきましたが、室町時代になると「水沢村」と呼ばれるようになりました。水沢は古くから「茶」の栽培が盛んで、その起こりは平安時代、地元の僧侶が唐伝来の茶の木を植えて栽培したのが始まりとされています。

1889年(明治22年)の市町村制で水沢村となり、1957年(昭和32年)に四日市と合併、同時に従来から深い関係にあった野田地区が鈴鹿郡三鈴村から分かれて水沢に編入し、現在に至っています。

時代 西暦 年号 事項
垂仁天皇 100
135
  杉澤の荘と称す川上杉村と称す
高見に兎角城を造る(現在の足見田神社)
奈良 770 宝亀1 薬王山性元寺を開基創建する(山の坊本郷)
平安 810~822
901~922
1073
弘仁1
延喜1
延久5
飯盛山浄林寺創建する
(西野)飯盛山浄林寺の僧玄庵、寺境内に茶の種子を播く
冠山茶の木原性元寺改め常願寺と号す
鎌倉 1300 正安2 坂田信濃守重次、山崎に城を造る(現在の東條城山)大福社(鏡谷社)を建立する(現在の谷町)
南北朝 1384 元中1 光明寺、山の坊本郷に建立する(現在の宮妻町)
室町 1501~1503 文亀1 水沢村と改める
安土桃山 1577 天正5 津田氏、東條に陣屋を置く(現在の小学校体育館)
江戸 1648
1720
1789
1809
慶安1
享保5
寛政1
文化6
辻久善 水論解決のため江戸に赴く
お諏訪踊りの始まり
浄林寺を現在の地に移し、飯盛山一乗寺と改める
第9代藩主 土方義苗侯 楓渓と命名する
明治 1875
1889
明治8
明治22
水沢小学校を常願寺の堂内にて開設する
水沢村役場を置く
昭和 1957 昭和32 四日市に合併