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茶園(すいざわ茶)

水沢を代表する産業で、古くは平安時代の初期にまで歴史は遡ります。
三重県は、栽培面積・生産量・生産額ともに静岡、鹿児島に次ぐ全国代3位のお茶の生産地です。
三重県で作られるお茶を「伊勢茶」と呼び、その中でも水沢で育ったお茶を「すいざわ茶」と呼んでいます。
「すいざわ茶」は「かぶせ茶」として有名で、摘み取る前に、黒い覆いをし、遮光の中で栽培されます。
この方法は、茶葉に旨みとやわらかな味、若々しい緑色を保たせ、上質で香味豊か茶葉を生み出します。
水沢の茶園の風景は、平成17年2月、東海農政局から「空海直伝の歴史をもつ伊勢茶の郷・水沢」として「東海美の百選」のひとつに認定されました。

 

 

少年自然の家

「少年自然の家」にはたくさんの自然があり、学習の場として、いろんなイベントが行われ、たくさんの人が訪れます。
写真は、池でのカヤック体験です。
夏の暑いとき、とても気持ちがいいんですよ。
みんなで並んで、競争をしたり、なかなかかじ取りが難しいのですが、ズボンが濡れていることも忘れ?楽しむことができます。
すぐ近くにある「星の広場」は広い芝生の上で寝転ぶと気持ちがよく(鹿の糞にはご注意!)山から、飛んでくるパラグライダーを見ることができます。
夜にはきれいな満天の星空が広がります。
また、 様々なイベントが行われます。


 

横堀地区 もちつき大会

平成24年2月26日(日)横堀地区にてもちつき大会が行われました。
今までは子ども会の行事として歓送迎会が行われていましたが、「どこに何年生の子がいて、その子どもの顔と名前は・・・」
いざ、災害が起きた時、地区の皆さんの心が近くにあってほしい!
そんな思いから、少し遅れた新年会と、子ども会の新入生、卒業生の歓送迎会を地区の皆さんで行いました。
様々な年齢層でワイワイと楽しみながら、絆を深めました。


 

野田地区で獅子舞が奉納されました。

 平成24年3月3日(土)水沢野田町公会所にて、獅子舞による奉納が行われました。
3年に1度行われます。

 

名所・旧跡

**宮妻峡・不動滝**
鈴鹿連峰が流れ出る清流と、変化に富んだ岩石が織りなす自然の造形美、豊かな渓流。ここ宮妻峡はキャンプやハイキング、アウトドアファンには堪えられない魅力がいっぱいです。鎌ヶ岳をはじめとする鈴鹿山脈の登山口としても多くの人に親しまれています。

 

 

 

 

**冠山茶の木原**

冠山茶の木原は水沢茶の発祥地であり、その歴史は古く、平安時代の延喜年間(901~923年)に地元の飯盛山浄林寺の僧玄庵が、空海(弘法大師)に製茶の教えを受け、唐伝来の茶の木を植えて栽培したのが始まりであると伝えられています。
冠山茶の木原は、雲母峰(きららみね)の南側山裾の急斜面には、古い樹齢の原木が他の樹木に混じって存在しています。今でこそ山の中になっていますが、昔は近くに寺があり、その寺の園として栽培されていたそうです。昭和56年に市教育委員会により市史跡として指定をうけました。毎年、足見田神社にここで摘み取られた新茶が奉納されています。

 

 

**光明寺跡**

IMG_3789杉林の中、見るからに建物の跡地とわかる場所に梵字と仏の姿らしい絵が刻まれた自然石の小さな碑があります。ここが南北朝時代の元中元年(1384年)に僧円霊が将軍義満に要請し、建立された光明寺あとです。現在、東西25間(45m)、南北1町余(120m)の平坦地は茶園になっていますが、織田信長に焼き払われるまで約2世紀の間、七堂伽藍をはじめとして如堂所28院を擁して栄華を誇ってきました。跡地からは仏具、五輪塔、瓦類などが出土しています。出土した鈴(リン)は、常願寺で使用されています。

 


**寺里神明社跡**

応永28年(1421年)光明寺の守護神として山之坊に寺里五座(八王子社、加茂社、本社神明宮、天白社、土御前社)が鎮座しました。明治43年(1910年)には足見田神社に 合祀され、山之坊の旧跡は、いつの間にか崩れ、往時を偲ぶものは数少なくなっていますが、一対の席灯篭と石段があります。

 

 

 

**もみじ谷**

春には新芽の緑が美しく、秋には赤や黄色に織りなす色鮮やかな紅葉の木々は、訪れる人の目も心も和ませてくれます。この景色を愛でた歌碑が建立されているように、多くの詩歌に詠われ、今ではカメラの被写体として人々が楽しんでいます。江戸時代、菰野藩主土方公は、元禄年間から紅葉狩りをはじめ、九代藩主土方義苗が、文化6年(1809年)に「もみじ谷」と命名し、樹木保護に尽力した。その後、地元の人々の努力により、現在の景勝地となっています。

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                        **弘法井戸**

 

DSC_0983DSC_0985弘法大師(空海)が諸国巡錫た時の物語が水沢にもあります。
昔、長い間雨が降らず、水が涸れ、村人達は飲み水にも困窮していました。その時、弘法大師が飲み水を求めたところ、水が無いと断るしかなった村人の姿を不憫に思い、持っていた錫杖で地面を突きました。するとそこからこんこんと清水が湧きだし、井戸のようになったということです。村人達はたいそう喜び、大師の遺徳を讃え「弘法井戸」と呼び、今でもこの井戸の水は涸れずに湧き出ています。
 

 

 

 




 

                                                                                 **弘法杉**

一面の茶畑の中央部にこんもりと茂った一本の大きな杉の木があります。
この杉の木下で弘法大師が昼時になり、杉の枝で作った箸で昼食をとりました。
その後で箸を出水のほとりの地面に突き刺しておきました。
やがて、その箸から根がついて芽が吹き、大きな木に成長したもので、土地の人々は『弘法杉』とよんでいます。
この伝説のある弘法杉は誰も登ったこともなく、もちろん枝も切ったこともありません。
こんもりと茂った杉ではありますが、厳しい鈴鹿おろしの風に吹かれて近年東よりに傾く
気配に心ある人の発案により、杉の木の周囲を石垣で囲み、傾かないように補強をして
保全に努めています。
**薬師堂**
正応元年(1288年)4月、当地に大地震がありました。その時、不思議にも、本尊薬師如来像が大門池の南側に聳えてい槙の大木の枝の上にのっていました。土地の人が畏れ多いと、早速その如来像を下して祀ったのが、薬師供養の始まりと昔からの言い伝えられている。

その後、後亀山天皇、元中元年(1384年)足利義満に堂の建築を要請し、本郷の光明寺を建立したとき、釈迦堂、大日堂と同様に建立したが、現在の薬師寺、即ち瑠璃山妙照寺である。

 

 

 

 

 

 

**伊勢ヶ浜荻右衛門碑**

江戸時代後期の相撲界で、その名を知られた初代伊勢ヶ浜関は、宝歴13年(1763年)2月3日、青木川(現在の茶屋町)に、生まれました。 21歳で入門、名を鎌ヶ嶽と名乗り、30歳で前頭筆頭に進み、この時も伊勢ヶ浜と改めました。 41歳っで引退しましたが、技量と力量に優れ、人格円満な性格は小野川、谷風両大関が京都でおこした紛議を和解させた話は、今も言い伝えられています。

 

 

**青木川古墳群跡**

和63年(1988年)茶園の農地改良工事中に1号墳、平成2年(1990年)に2号墳が発見されました。 横穴式石室で玄室の規模は長さ5m、幅1.3mで副葬品が出土し、6世紀後半から7世紀前半の古墳時代後期のものと推定されています。 これらの古墳は現在は埋め戻され、元の茶園になっています。

 

 

 

**加治信濃守城跡**

永5年(1398年)加治信濃守は、辻瀬戸(今の常願時境内)に城を築きました。その後、天正5年(1577年)に7代続いた加治氏は滅亡しました。 現在、常願時境内の南と西に土塁が残り、堀は本堂の背後西側に灌漑用水路として残っています。

 

 

 

 

**坂田丹後守跡**

城跡は、内部川の北岸で昭和橋の北、周囲とは約10mの高い所にあります。 正安2年(1300年)国司の坂田信濃守重次が3代で滅亡しました。 その後、城郭は、滝川一益(織田信長の家臣)の兵火によって消失しました。 標高150mの台地で、既存する遺構面積は約260㎡です。

 

 

 

**足見田神社**

神明帳考証」は、足見田神社の祭神を日本武尊として、古事記に見える三重の地名起源を記して、理由としています。 日本武尊が東国蝦夷平定の帰路、この地に立ち寄り「吾が足は三重にまがり如くしていとつかれたり」と言ったことから、三重の地名がこの足見田から出たと記しています。 「勢陽五鈴遺響」は、祭神を日本武尊とすることには、従い難いとしています。 年間を通じて多くの祭事がありますが、7月31日に行われる「水まつり」は、享保5年(1720年)を創始とする、雨乞いの祈願の祭りで、その際に奉納される「お諏訪おどり」は四日市市の無形文化財に指定されています。 写真は足見田神社内にある、「御池」

ヘルスメイトさんによる料理教室が開催されました

2月29日(水)水沢地区市民センターの調理室にて、ヘルスメイトさんによる、料理教室が開催されました。メニューは手作り豆腐・てまり寿司・はまぐりのお吸い物・緑茶のミルクゼリー おいしそうでしょう♡

それにしても、にぎやかだったな~


ヘルスメイト


ヘルスメイトさんをご存知ですか? 国の定めた「食生活改善推進委員」さんです。 いろんなところで活動されているんですよ。 身近なところでは、夏休みの親子料理教室、お正月料理など。 教室を開くために講習を受け、みなさんにおいしい料理の 指導ができるよう、がんばっていただいています。

水沢連合防災会

水沢地区連合防災会は、水沢地区住民の相互協同の精神に基づき、地区内の防災関係団体等の活動を効果的に運用することにより、自主防災体制の確立を図り、災害の強いまちづくりを目的として活動しています。
委員のみなさんです。

  • 水沢地区連合自治会
  • 四日市市消防分団 水沢分団
  • 自治会婦人部
  • 民生委員児童委員会
  • その他、地区防災に関係する方
本会は毎年8月末日曜日に行われる防災訓練をはじめ、講演会や研修会を開き、地域で自主的に防災活動ができるまちづくりを目指しています。


平成23年度の事業として、HUG(避難所運営ゲーム)をしました。
各団体の代表の方に参加してもらい、指定避難所での運営をゲーム形式で考えてみました。

例えば
  • ペットはどうする?
  • 地域外から観光などで訪れた人たちにはどこに入ってもらう?
  • 体調の悪い人への対応は?
  • 避難者は100人なのに、おにぎりが80個しか届いてない。配る?配らない?それとも何か方法がある?
などなど、課題はいっぱいありそうです。

いざという時、リーダーになったらどのような判断で円滑にできるのでしょうか・・・
みなさんで考えていく大きな課題です。

茶の実の会♭ふらっと♭

茶の実の会♭ふらっと♭は、ふれあいいきいきサロンとして平成16年に発足されました。子どもから大人まで誰もが、ふらっと遊びに来てもらえるような”居場所”づくりをと考え、「クラフト作成」や「お団子つくり」など色々な事を行っています。

今は水沢の方言を取り入れたカルタの作成にも取り組んでいて、方言をまとめられた、水沢町西條の森 繁年さんは、水沢の方言を絶やしてはいけないと思われ、ペンをとられました。

その話を聞いた、水沢町三本松の清水 正茂さんが文集のように一冊の本にされ、♭ふらっと♭に紹介してくださり、そこでスタッフみんなで話し合いカルタにしてみよう!!ということになりました。

まず、水沢の方言を知ってもらうのと同時に、水沢町のみなさんに方言を意識してもらおうと考え、川柳の募集をしました。とてもおもしろい作品が集まり、川柳集を作成しました。
カルタも水沢町本町の森田愛子さんにお願いをし、楽しい挿絵を描いていただきました。

今後の予定として、カルタ大会を開く予定です。開催予定は水沢地区市民センターの『おしらせ』に掲載させてもらいますので詳しくはそちらのほうをご覧ください。


 【お問い合わせ】 水沢町  堤  笑子
059-329-2596

サークル活動の紹介

水沢地区には様々なサークルがあります。
皆さん、楽しく元気に活動されています。
各サークル紹介させていただきます。
一度、見学されてみてはどうですか?